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「ドフトエフスキー的人間か」どうかが判断基準

     わたしにも春がくること忘れてた 蕗の花咲く庭を見るまで 😂

私は人を判断する場合、「ドフトエフスキー的人間か」どうかを判断の基準にしていた。
ベルジャーエフ(ロシアの哲学者)の言葉です。ベルジャーエフの本は読んでいないが、20代の頃、何かを読んだ時にこの言葉に出会い、ノートにメモしておいたもの。
この世の中に私と同じ判断基準の仕方をする人がいるんだと思い、びっくりした。(恐れ多い ことだが…)

私の場合、判断の基準はもちろんドフトエフスキーではなく、「ある人」だった。
「価値判断が、ある人と同じ」が判断の基準だった。
できれば思想の判断も同じがいい。

いつの間にか私は、ベルジャーエフのように「ある人」的人間かどうかを判断の基準にして,
大きなフラフープの輪を作っていた。そして、その中に自分がまず入る。
フラフープの中に入ってみるとよくわかる。
居心地がいいし、生きていくのが辛くなくなる。

でも、時々失敗する。同じかと思い、フラフープの輪に誘い込む。
でも、途中で間違いだったと気がつく。
間違った時はとても辛い。心の風船が萎んでしまう。
だから、同じ人を見つけても、すぐには誘えなくなる。
そのために大切な人を失ってしまうこともあった。
フラフープの中で、今日も心の中の自分と会話する。

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2024.02.26
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Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。仕事中はすごい顔しているし、私は鏡は見れないです。笑

竜 | 2024.03.01(Fri) 23:36:38 | URL | EDIT

フラフープの中で自分と会話するとは珍しいですね。私は机の前においてある鏡に映る
自分の顔をみながら自分と会話しています。
これは何十年ものこと…。

Macha | 2024.03.01(Fri) 21:41:12 | URL | EDIT